感想をメモします、シン・エヴァンゲリオン劇場版の……

シン・エヴァンゲリオン劇場版を観てきたので感想を書きます。他の人の感想や考察はほぼ目にしていない状態で書いてみます。

僕としてはかなり好きな映画でした。朝イチで観に行ったのですが、その後丸1日虚脱感が強くて全ての動作がゆっくりになってしまいました。

厳しい人に怒られたくないので、ネタバレ抜きではこんな感じの事しか言えません。まだ観てない方は観てください。特にQまで観た人、Qのモヤモヤ感を抱えたまま生きていくのは損なので早いとこ観てしまった方が良いです。あと時間があれば旧劇場版を見返したりすると良いかも知れません。

さて、リツコ以降はネタバレ有りで進めます。

 

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・シンエヴァ良かった〜

まずちゃんと、誰にでもわかりやすく前向きに終わらせた事が偉いと思ってしまう。シンエヴァ公開前日に旧劇を観たせいで戦々恐々としてたから余計に。シンジは過酷な経験を通して成長し、世界を救い、父親を救い、エヴァに巻き込まれた子供たちを救い、そして全てのエヴァンゲリオンに別れを告げた(汎用人型決戦兵器の類にもエヴァというバケモンコンテンツそのものにも)。そして大人になったシンジは現実へと笑顔で走り出していく……文句ナシ!!!!!

最後に迎えに来るのがマリなのも僕はめちゃくちゃ納得がいった。そうだよな、思春期の恋愛の顛末が旧劇のアスカとのアレだったとして、大人になって現実の世界に走り出すっていう段になったら手を引っ張る役はマリなんだよな。結局人は「陽」の存在に暖められるのが一番良いんよ……。真希波・マリ・イラストリアスは新劇を進めるにあたってTV版旧劇場版との違いを発生させるための存在だったと思うんだけど、最終盤になってやっとその役割を十全に果たしたな、と思う。

あと、イスカリオテのマリア←異名カッケー過ぎ

 

・ゲンドウ

シンエヴァエヴァのメインキャラクターそれぞれを救済しようとしていたように感じた。特にTRIGGER作品の宇宙人みたいになったゲンドウ。ゲンドウに「息子と心根からの会話をして自分の心情を受け止める」「ユイと(一応)再開する」「その上でユイと一緒にシンジをアナザーインパクトの引金役から逃す形で"父親"としての役割を演じる」という贖罪の流れを用意してあげてたのはホントに良かった。シンエヴァはゲンドウの物語であった、という側面は誰にも否定できないだろう。

 

・アスカ、レイ、カヲル

シンエヴァで地味に驚いたのがアスカもレイと同様いっぱい作られたうちの一人であったこと。この綾波シリーズ式波シリーズという概念は相当示唆的で、レイ・アスカ両名が四半世紀にわたり美少女のアイコンとして使い潰されていたことがどうしても想起されてしまう。アスカをクローンの存在にするのって作劇上必要なこととは思えないし、オタクにちょっと意地悪したかったのかな。

本作では主要な登場人物全員を徹底的に救済してあり、チルドレンにも幸せが用意されていて良かった。ケンスケがアスカを支える存在になっていたことはネットに若干「荒れ」の気配を感じるところではあるが、精神が28歳の大人になってしまったアスカの側に同じく大人になったケンスケがいるのは自然なことだと思う。ケンスケは繊細な14歳失語シンジにも完璧な気の遣い方ができるくらい超イイ男に成長してたし、ニアサー以降の14年を共に過ごしたらそら絆も生まれるだろうし。まあ、なんだかんだでアスカがシンジを劇中ずっと気にかけ続けていたり、「アンタのこと好きだった」って言えてスッキリしてたりとシンジに元カノ感溢れるムーブをかましていたのも可愛かったね。あとアスカに関しては旧劇の海辺でのラストシーンを成長したシンジにやり直させたのもマジで良かった。僕も好きだった、確かにあのアスカにはそれ以上の言葉は要らんよな……

アスカ、レイ、カヲルにシンジが言葉をかけて虚構の世界から開放していくシーン、あれはエヴァンゲリオンというコンテンツで働き続けたキャラクター達への感謝と労いの儀式として素晴らしかったと思う。真摯にエヴァを畳みにかかってるなって印象だった。慰霊祭的な催しで成仏させているようだとすら思った。「君たちは各々の幸せを浄土(=現実)で求めていいんだ」的な。そういえばシャーマンキングの新アニメが4月から放送開始だな。

 

・新劇場版だけで完結するように作ってくれてて良かった

新劇場版は序公開前の庵野監督による所信表明にあったように、旧作を観ていなくても大丈夫なように、新劇場版のみで完結するように作られていた。それが僕個人としては嬉しく感じた。僕が物心つく頃には新世紀エヴァンゲリオンはもうすでに「かつて社会現象を巻き起こした有名なアニメ」であり、過去のものであった。言っちゃなんだが古典作品である。TV版最終話やEoEの衝撃、レイアスカというヒロイン像の強さ、セカイ系の趨勢、世紀末日本の閉塞感などを肌で感じることはできず、アニメと考察サイトを見ながら想像することしかできなかった。その辺の空気感込みでエヴァを味わって夢中になっていた昔からのファンが羨ましいとすら思った。なので新劇が「今の中高生に向けて」作られるらしい、と聞いて遂に俺もエヴァを生で観た世代になれるのか的なことを思った記憶がある。あれから十数年、自分も大人の年齢となり世間は天災や感染症などの動乱があり、その全てを経てシンエヴァを観ることができたのは良い体験となった。エヴァや映画に限らず全ての創作物はそれができた瞬間に摂取するのが一番味が良いな、と思った。

あとこれは偶然だが、シンエヴァは帰省中に地元の大分で観た。序破Qも大分で観たのでなんだか感慨深いものがあった(てかQ公開後に6年制の学部入って留年して卒業して遂にシンエヴァが公開てどゆこと?)。来月から(やっと)社会に出る自分の背をシンエヴァに押して貰えた感覚もあり面映い。

 

その他雑記

・「行きなさいシンジくん」をミサトさんが回想するシーンはちょっと笑っちゃった。みんながイジるからミサトさん気にしちゃってんじゃ~ん!

・結局流れの大筋は旧劇を擬えていた感があったな。ちなみに旧劇はこの動画を観ると完全に復習できます。EoEは意外と前向きな作品なのだ。

youtu.be

ゴルゴダオブジェクト←名前カッケー過ぎ

・ガフの部屋(扉)が何なのか解らないまま終わってしまった。次元を超越した空間に行けまっせ的な解釈でいいんスかね?

・ゼーレは想定外がかなりあったと思うんだけど、我々の願いは成就したみたいな顔出来てたの凄いな。このオリチャー移行の上手さ……biimチルドレンか?

・新劇場版におけるテクノロジー、呪術的な要素かなり強いよね?儀式とか呪紋とかが力を持つ世界観だからゼーレとかも宗教結社感が色濃かったのかな。世界観に自信ニキとその辺話してみたい。

・トウジとケンスケが良い奴に成長していてホントに良かったな……あの状況でシンジに棘のある対応をしようものならそこで物語が終わり兼ねないし。村でのシーンはシンジが徹底的に塞ぎ込み続けている停滞感を元クラスメイト達の人の良さとアヤナミのわくわく職業体験で中和してストレス軽減に繋げようとしていた印象。

・初号機対第13号機の特撮パロのとこ、やりたいことやらせていただきま~す!!!!!って感じで清々しかった。

・昔からのエヴァファンの中にはあんまりいい顔しない人も多いかもな。僕はエヴァ全体でも破の「綾波を返せ」のとこが大好きなのでシンジがわかりやすい過程で強く成長してのハッピーエンドを好意的に受け取るんですけど、ヒネたおじさん的にはどうだったんだろ。

・「オタクは現実を見ろ」系のメッセージがある作品は多々あるけれど、今作の現実への帰し方はかなり優しかったな。大体のオタク現実帰し作品はフィクション世界をブッ壊して終わったりオタクの感情移入を様々な手段で排斥したりと「ここから出ていって勝手に自立しろ」の形でオタクを帰していたように思う。でも今回観客のオタクはシンジと共に虚構の世界から脱出を経ることで「手を繋いで一緒に現実に向かって行こうぜ」という拒絶じゃないメッセージを与えられ、実写の世界へと明るく走り出すことが認められている。めっちゃ優し~!これで成仏した地縛霊いるだろ。

 

ざっと思ったことはこんな感じです。とにかく僕にとっては好きな映画でした。有識者の解説が出揃ったあたりでもう一回くらい観に行きたいな。

エヴァンゲリオン、最高~~~~~~!(腕を振り上げ跳び上がる)